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6月16日 森のチェキたち

 

 

 六月十六日。秋葉原。わたしは駅前の通りを一人で歩いていた。大きな通りは仕事から帰っていく奴らでごった返していて、しかし誰一人としてわたしに目を遣ろうとしない。当然だ。わたしはよれたシャツを着て、手に飲みかけの缶ビールを掴み、まるで排水溝を覗き込む時のような死んだ目をしていた。彼らからすれば、わたしは落ちこぼれの負け犬。正常な人間は、わたしのようなみすぼらしい人間と関わり合いを作らないことにできる限りを尽くしている。

 

 通りをしばらく歩くと、ガールズバーメイド喫茶が立ち並ぶ道に出た。さっきよりも人混みは落ち着いている。スーツを着た奴らが数人、通りで客を探しているコンカフェ嬢と立ち話をしていた。

 

 コンカフェに通う男たちはみんな憐れだ。彼らはヤレもしない女と高い酒を飲むために、睡眠時間を易々と削り、カフェイン中毒に陥りながら、健康を犠牲にしてまで働いている。少しでも頭を使うことができれば、家で帰りを待つ妻と娘を手に入れることができたはずだ。問題なのは、彼らが女と酒を飲むこと以外に幸福を得る方法を知らないというところにある。これまでの人生で何も学んでこなかったらしい。まるで草を食むことしか考えていない盲目な羊。意思を持って生きているかどうかすら怪しい。

 

 ところで、わたしはもっと酷い生活をしていた。大学を辞め、仕事に就いておらず、もちろん金もない。毎月父親に頭を下げて金を少しだけ貰い、女と酒を飲むために使っている。くそったれ。

 

 本店六階の入口に着くと、男の妖精がやって来た。わたしよりも幾つか歳が下で、髪を茶色に染め、整った顔をしていた。おそらく大学生のアルバイトだろう。

 

「認定証をお願いします」と彼は言い、わたしに向けて笑顔を作った。まるで働くのが楽しくて仕方ないと言いたげだった。わたしは気に食わなかった。認定証を差し出し、彼に聞こえるように舌打ちを鳴らした。すると彼は、さっきまでのへらへらした顔をやめ、影を落としたような目に変わり、何も言わずに認定証を持って店内へ戻っていった。ふんっ。

 

 知らないメイドがわたしを店内へと案内した。店内はがら空きだった。注文を聞かれ、わたしはビールとチェキ2枚を頼んだ。メイドは注文を機械に打ち込み終わると、わたしがすでに酔っぱらっていることを指摘し、一人で勝手に笑い出した。わたしには何が面白いのかさっぱり分からなかった。

 

 Kちゃんとのチェキ撮影が始まった。彼女とは初対面。わたしは会っていきなり彼女を睨みつける。最初の印象が肝心だ。わたしが客という立場にいることをメイドに分からせる必要がある。案の定、彼女は怖がった様子を見せた。オーケイ、これで彼女は緊張感を持ちながらチェキの絵を描いてくれるだろう。

 

 Kちゃんは予想していた以上に素敵なチェキを描いてくれた。しかも彼女は素晴らしいサービス精神の持ち主で、チェキのお渡しの際、ネイルを塗った水色の爪をわたしに見せてくれた。それはわたしにボラボラ島の海の輝きを思わせた。懐かしい光景だ。昔、絵葉書で見たことがある。

 

 ところで、わたしは最近まで女性がネイルを塗る理由がさっぱり分からなかった。そもそも爪というのは、動物が木をよじ登ったり、攻撃したりするために備わっているものだ。色や模様を付けることで、その機能が向上するとは到底思えなかった。どうしてわざわざ爪に色を塗るのか?

 

 その答えを教えてくれたのは七階所属のMだった。彼女はフェミニズムを訴えるブログを日々更新している。そこにはこう書かれてあった。

 

――男性は、私たち女性が、お洒落のために、ネイルを塗っていると思っているわ。もちろん全然違う。私たちが爪をカラフルに塗るのは、ある種のコミュニケーションのようなものよ。爪に色を付けると、それはまるで無線機のように電波を発するようになるの。模様は周波数みたいなもの。私たちは言葉を交わさなくとも、お互いのネイルを見せ合うことで、それ自体が会話になり、意思の疎通ができるのよ!

 

 人生とは、驚きの連続である。そしてわたしの見ていないところで重要な出来事が起きたり、社会が移り変わったりしている。知らない間にビルが取り壊され、主食が健康食品に置き代わり、女性同士が爪で暗号を発するようになっている。それなのに、わたしは永遠に何も知らない子供のままだ。わたしはどうしたらいいのだ?

 

 Iちゃんともチェキを撮った。彼女とは何度か会ったことがあるが、まともな会話を交わしたことが一度もない。というのも、彼女は生まれてすぐにオオカミに連れ去られ、そのまま十七歳になるまでオオカミの子供として森で育った。

 

「やあ、Iちゃん」

 

「ガルッ、ガルガルッ」

 

「調子はどう?」

 

「ガルガルッ!」

 

「メイドの仕事はもう慣れたかい?」

 

「ガルッ! ガルガルッ!」

 

「お会計を頼む」

 

 わたしに言わせれば、スマートで頭の回転が早い女の子よりも、まともに会話ができない子の方がずっといい。その方が疲れなくて済むし、期待できる。