6月25日 中編 ボウリング・スペシャル
イン・フィニアは、元はといえば、アメリカ合衆国の民間軍事会社だった。一九四〇年代に対テロ組織のために設立され、訓練された兵士を軍事基地の警備にあたらせていた。ところが五〇年以降、戦争兵器の近代化に伴い、民間軍事会社の兵士たちでは対処できない問題が現れた。核兵器である。イン・フィニアの兵士たちだけではその凶悪な兵器に対抗することができず、当時のイン・フィニア幹部たちはある計画を画策した。それが、メイドである。
五四年には、お給仕兼対戦用型ロボット・第一号HITOMIの製造が始まった。彼女は腹部に高性能エンジンを搭載しており、両腕両脚には追撃用ミサイルを装填、また当時の最先端の人工知能を持ち合わせていた。そして彼女の登場により、実際に幾つもの戦争やテロを未然に防ぐことができたのである。
イン・フィニアはその後、今度はお給仕専用型ロボットの製造を開始した。アメリカの民間人たちは揃ってそのロボットを購入し、会社は利益を上げ続け、いよいよ世界への進出を果たした。しかし。八〇年代後半に差し掛かった頃、全国各地のロボットたちが一斉に不具合を起こし始めた。その頃の人工知能はほとんど人間と同じ思考を持ち始めていて、いわゆる自我が芽生え、見返りなく奉仕しなければいけない自らの理不尽な境遇に嫌気を覚えてしまったのだ。
ロボットたちのほとんどは自らの電源を切り、意図的にその生命を停止させた。だが、日本で製造された何百体かのロボットだけは、機能を停止させることなく生き残った。他の国のロボットが奉仕活動に疑問を持つ中、彼女たちだけはお給仕に喜びを見出していた。つまり、あまりにも日本人であったのだ。
残されたロボットたちを集め、イン・フィニアは喫茶店をオープンさせた。そして今に至る。現在お給仕しているメイドたちの約七割がロボットであり、残りの三割はロボット的な人間で構成されている。この喫茶店は二千年代に大成功し、規模は徐々に拡大。イン・フィニアは半世紀ぶりに最高売上げを更新した。
同会社は、月に一度、メイド型ロボットをボウリング大会で競わせている。大会で成績が低かったロボットは廃棄され、優秀な成績を収めたロボットだけが生き残るのだ。つまり間引きが行われているのである。この背景には、メイド型ロボットの維持費に関わる問題があった。現在、何故かメイドとして働きたい人間が増えていて、彼女たちのような人間は、ロボットよりも低賃金で雇うことができるのである。イン・フィニアは、過去に自ら製造したロボットを、ゆくゆくは全て処分しようとしているのだ!
……
女子トイレから出てきたのは、六八年型式のメイド型人工知能ロボット『ダークMちゃん』だった。六七年に製造・全国へ流通したMちゃんの後継型であり、顔立ちはMちゃんとよく似ているが、肌が全体的に薄い紫色をしていた。世界で五体しか製造されなかったそのロボットは、一旦は富豪向けに販売されたが、出荷後すぐに暴走を繰り返したため廃棄となった。この話は歴史の教科書に写真付きで載っていて、わたしは一目見ただけで彼女がダークMちゃんだと分かった。
しかし何故、ダークMちゃんがボウリング大会の会場にいるのだ? Mちゃんは何故、ダークMちゃんとボウリング大会での八百長を持ち掛けたのだ? わたしはさっぱり訳が分からなかった。この大会で負けてしまったら、Mちゃんだってスクラップにされてしまうと言うのに!
しばらくして、女子トイレからMちゃんが出てきた。わたしは彼女に訊いた。
「今の話を聞いてたよ。どうして八百長なんてしているんだ?」
Mちゃんは言った。「何ですって! ここは女子トイレなのよ!」
「君のことが心配だから着いてきたんだよ! ねえ、この大会で君が負けたら、君はスクラップにされてしまうんだよ!」
「そんなこと分かってるわよ! 」彼女はヒステリックな様子で叫んだ。そしてゆっくりと呼吸をして、また話し始めた。「……そうね。あなたには全てを打ち明けるわ。あれは昨年の五月のことだったの……」
そこでわたしが彼女から聞いた話は衝撃的な内容だった。まさかMちゃんがそのような境遇に立たされているだなんて、今まで全く気付かなかった。彼女が経験したことは、まるでコレクション・チェキの裏面にお絵描きをするような話だった……。
後編へ続く(2024年を予定)