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7月6日 コレチェキを止めるな

 

 

 四月が終わりに差し掛かった頃、チャブ・F・フィッツジェラルドは三ヶ月続けた配達の仕事を辞めてしまった。彼は退職届にこう書いた。「こんな仕事クソくらえだ。わたしは、神から授かったこの優秀な頭脳をもっと他のクリエイティブな仕事に使うべきである。それにわたしの細くてセクシーな脚に週給二万八千円で自転車を漕がせるなんて、君たちの会社はどうかしているね。わたしの前に二度と求人を出さないでくれ。追伸、前借りした給料は七ヶ月かけて必ず返済させていただきます」

 

 チャブは仕事を辞めてから一週間も経たないうちにショッピングモールの駐車場で仕事を見つけた。立体駐車場の入口付近にある管理室に腰を着け、入ってきた車と出ていった車の数を数え、パソコンに打ち込むのが一日の仕事だった。配達の仕事よりも給料は下がったが、しかし前よりもやりがいを感じていた。重い荷物を持って運ぶのは、脚が真っ直ぐ付いている奴なら誰でもできるが、駐車場で車の数を数えるのはある程度頭が柔らかくないとできない。それに車がしょっちゅう出たり入ったりするわけではないから忍耐力も必要だ。これはわたしにしかできない仕事であり、わたしの代わりはいないのだ、とチャブは思った。

 

 七月六日。猛暑だった。チャブは三時に秋葉原駅行きの電車に乗った。真っ白のTシャツにジーンズを着、足元は白色のハイカットのコンバースを履いていた。メアリー・スミスに会いに行くのだ。

 

 メアリーは休日にガレージで無線機をいじるのが趣味のオタク気質な女で、髪を肩まで伸ばし、瞳に灰色のカラー・コンタクトを入れていた。世界は本来モノクロであるべきなのよ、というのが彼女の口癖だった。彼女は週に二度、秋葉原にあるカフェで接客のアルバイトをしていた。チャブはその店を頻繁に利用していて、メアリーが冷蔵庫から皿に移し替えるチーズケーキが大好物だった。

 

「やあ、メアリー」とチャブは言った。

 

「遅かったわね、フィッツジェラルドさん」

 

「ちょっと仕事でミスをしてね。昼食の時間がずれたんだ」

 

「残念だったわね」とメアリーは言った。「チーズケーキは全て売れちゃったわ」

 

「なんだって? わたしのために残してくれなかったのか?」

 

「残そうとしたわよ。でも、無理だった。ディーンが来たのよ」

 

「なに! あの太っちょディーンが! 」

 

「ディーンったら、この店のケーキを全て食べてからこう言ったわ。『メインディッシュはまだかな』って! あたし、びっくりして叫んじゃったのよ」

 

「しょうがないね。社会ってのは、たくさん食べれる奴が得をするのさ」

 

 チャブがそう言うと、メアリーは黙ってキッチンの方へ歩いて行った。彼はビールが飲みたくなったが、これから夕方のラッシュがあるので諦め、テーブルの木がささくれた部分をいじって遊んだ。それにも飽きて帰ろうとした頃、メアリーが再び現れた。

 

「ねえ、チーズケーキはないけど、コレチェキならあるわよ」

 

「コレチェキだって?」彼は言った。「そんな高価なもの、僕の給料じゃ買えやしないさ」

 

「ねえ、あたし、あなたのこと好きよ。だから買ってほしいのよ」

 

「ちぇっ!」

 

 チャブはメアリー・スミスのコレチェキを買った。それを持って店を出て、裏の路地でコレチェキに日を浴びさせた。空には雲ひとつ無く、オレンジ色の太陽が秋葉原の街を隅々まで照らしていた。

 

 光を吸収したコレチェキは、かたかたと音を立てて震え、空中に浮かび上がった。火花を放ちながら腰の高さくらいまで浮かぶと、急にドカンと小さな爆発をして、地面に落ちた。

 

「やったぞ、コレチェキが成功した!」

 

 チャブはディーンの店でコレチェキを換金し、途中でアゲハチョウの羽根を三切れ半買ってポケットにしまい、仕事へ戻った。そろそろ運が向いてきたと思った。