5月15日 コレチェキ
※今回のブログはセリフの言い回し以外はすべて事実です。
……
十二月半ばの話。日曜の夕方だった。わたしは歯医者を探していた。突然左側の奥歯が痛くなったのだ。
しかしなかなかクリニックが見つからない。近所のクリニックはどこも混んでいた。わたしが電話をかけるたびに、受付の女が出て、予約が埋まっているから診察できないと、申し訳なさそうな調子を演じて断る。それでもわたしは十軒以上のクリニックに電話して、ようやく診てくれるところを見つけた。電車を使って三十分かかる街のクリニックだった。
クリニックに着いたのは午後六時だった。そこには七十くらいの痩せた男性(歯医者)と六十くらいの太った女性(歯科助手)がいた。患者はわたしひとりだけだった。
歯医者が治療台の上にわたしを乗せる。デジタルカメラで口の中の写真を撮り、写真を見て言った。
「きっと、親知らずでしょうねぇ」
「親知らず?」
「ええ、そうです。今日抜きますか? もしかしたらかなり痛いかも。親知らずの抜歯は思ったより大変な治療なんですよ。まるで悪魔祓いの儀式みたいにね」
「かまわない。今すぐ抜いてくれ」
歯医者がわたしに麻酔をかける。親知らずは歯茎の奥深くに埋まっていた。彼は手術用メスで歯の周りを削り、一時間以上かけて、なんとかわたしの親知らずを抜き取った。……実際のところ、わたしはあまりよく覚えていない。痛みと恐怖のあまりにほとんど気を失っていたのだ。
治療が終わり、歯医者が患部にガーゼを押さえながら言う。
「出血が止まるまでは絶対にタバコを吸わないでね」
「えっ。吸うとどうなるの?」
「いいかい、君の下顎には今、ぽっかりと穴が空いている状態なんだ。親知らずを取り出す時に私が空けた穴だよ。通常ならばその穴は自然治癒で塞がっていくんだが、タバコを吸うと、ニコチンが邪魔をして、穴が塞がらなくなるんだ。そしてそれはひどい痛みを伴う。わかったね?」
わたしはクリニックを出て、駅前の喫煙所でキャメルを一本吸ってから家に帰った。
……
翌日、わたしはベッドの中で丸一日泣いた。
激痛。ひどい激痛だった。頭の上に釘を打ち込まれるような痛みがラテン・ミュージックのようなビートで永続的に繰り返される。
わたしは朝、痛みのあまりに目が覚めてから、夜まで、ベッドのシーツの端を強く握り続けた。アスピリンを何錠も飲み込んだが、まったく効果はなかった。
薄れていく意識の中、『親知らず 抜歯 タバコ』のワードでネット検索をかける。すると、同じ体験をした女性のブログが見つかった。彼女はこう書いていた。
「これまでの人生で一番痛かったわ。もちろん麻酔を使わない出産よりもね」
さらに次の日。わたしは事情を話して再度クリニックへ出向いた。しかし彼らにできるのは口の中の消毒だけだった。自然に治るまで痛みに耐えるしかないと説明を受け、わたしは生まれて初めて静寂の音を聞いた。
痛みは十日間続いた後、徐々に弱まっていった。
だが、痛みが完全に消えることはなかった。正しくは、親知らずを抜いた穴の痛みは消えたが、わたしが歯医者を探すきっかけとなった当初の痛みがまだ残っていた。つまり当初感じた痛みは親知らずが原因ではなかったのだ!
わたしは親知らずを抜いたクリニックを諦め、他のクリニックで診てもらうことに決めた。
家から歩いて二十分のところにある、つい最近開業したばかりのクリニックに電話をかけて、一週間先の予約を取ることに成功した。
一月十四日。そのクリニックは高級住宅街に囲まれた土地にあった。綺麗な建物だった。
待合室にはわたし以外の患者がたくさんいた。幸せそうな顔をしている奴ばかりだった。わたし以外のみんなは虫歯なんて一本もなく、すでに白い歯を持っているが、その白い歯をさらに透明に近づけるためにクリニックに来ている感じがした。
わたしの名前が呼ばれ、わたしはレントゲンを撮ってもらった。三十代くらいの日焼けした歯医者の男がわたしの担当だった。彼は言った。
「虫歯が四本あります。特に左側の奥。親知らずがあったところの手前の歯です。レントゲンの写真を見てください。ほら、ここに映ってる影が虫歯です。虫歯の中でも一番ひどい症状ですよ」
わたしは根尖性歯周炎という虫歯を患っていた。この虫歯は歯の根元に原因があるため、肉眼ではもちろん、レントゲンで撮ったとしてもなかなか見つけられない病気らしい。
その日からわたしは毎日クリニックへ通い、少しずつ歯の根っこの細菌を取り除いてもらった。 その歯の治療が終わるまでに丸二週間もかかった。
奥歯に詰め物をしてもらった後、歯医者が他の虫歯を見るために口の中を点検した。そして、言った。
「チャブさん、よく聞いてください。虫歯が増えています」
「えっ?」
「私も今まで左側の奥歯の治療に専念していたので気づきませんでしたが、右上と左上にひとつずつ新しい虫歯ができていました。つまり今、虫歯が五本あります」
わたしは元々、虫歯が四本あった。そのうちの一本を二週間かけて治しているうちに、新たに虫歯が二本増え、現在は五本になったらしい。わたしは算数が苦手だった。頭が混乱して吐きそうになった。
「来週から他の歯の治療を開始しましょう。ブラッシングが甘いのかもしれません。しっかり磨くように」
わたしのブラッシングは決して甘くなかった。
わたしは受付でお金を払い、次の予約をとった。
次の週、わたしはその予約をすっぽかした。
わたしはすべてが嫌になり、歯の治療を諦めることにしたのだ。虫歯があっても幸せな人はたくさんいるはずだ。今のところ痛みは出ていないし……。
……
五月十五日。わたしは昼まで寝て、歯を磨き、缶ビールを何本か飲んでから秋葉原へ向かった。
まずは本店七階。Mちゃんがわたしを待っていた。
「これが今日の分のコレクションチェキよ」
わたしはMちゃんからコレクションチェキを受け取った。
「いつも、すまないね」
「いいのよ。だって仕事だから」
「君はいつまでこの仕事を続けるんだい?」
「大鷲に連れ去られるまでよ」
「君はリスに喰われるのがお似合いだよ」
わたしたちはふたりで大笑いをした。
七階を出て、路地で吐いた後、わたしは四階へ向かった。
Mちゃんがわたしを待っていた。わたしは彼女のコレクションチェキを頼んだ。
「最近、占いにハマってンのよ。あんたのことも見てあげるわ」とMちゃんが言う。
「どうだい?」
「あんた、二十二日後に死ぬわ」
「その日はだめだ。美容院を予約してあるんだ」
わたしは店を出て、スーパー・マーケットでタバコを二カートン買ってから家に帰った。歯を磨いてベッドに入った。砂漠でひとり取り残される夢を見ながら眠った。