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6月8日 コレチェキなき暴走

 

 

 このブログをコレチェキの端で喉仏を掻き切って死んでしまった親友に捧げる。ありがとう、ハンク。

 

……

 

 監獄の中からこのブログを書いている。五分に一度のペースで看守が見回りにやって来るが、上手くやるつもりだ。久しぶりにブログを書いてみたいと思った。わたしはすぐに忘れてしまうから、今夜のうちにこの気持を文字にしないといけない。

 

 わたしは、監獄に入る際、コレチェキを一枚隠して持ち込んだ。いちばん大切にしているコレチェキだった。刑期はあと四十年。監獄での生活が辛くなった時、このコレチェキを見るようにする。

 

 一九八〇年。ジョン・レノンは家を出たところを銃で狙撃され死んだ。残念な死。だが、きみは、今でも彼の声を聞くことができる。月額九八〇円のサブスクリプションに入ればいい。

 

 生きた証を残そう。心の中で永遠に生き続けるために。きみはもう死んでしまっても大丈夫だね。だってもうコレチェキを書いたじゃないか。きみがコレチェキで失った人生(二分間)は、わたしの血液に変わって永遠に躯を流れ続ける。永遠に。だけど死ぬ前に、もう少しコレチェキを書くんだ。インクが切れたら、新しいペンに取り替えるんだ。コレチェキ、コレチェキ、コレチェキ。きみがコレチェキを書けば書くほど、わたしの血液は濁って濃くなっていく。新しいコレチェキが書けたら、こっそり看守に渡してくれ。わたしはAB型だから問題ないはず。

 

 監獄の中には娯楽がない。あるのは窓とベッドとコレチェキと看守の足音だけだ。わたしは音楽が聞きたい。クラシックでもジャズでもロックでも、何だっていい! とにかく何かが聞きたい。

 

 耳を澄ましてみると、コレチェキから歌が聞こえた。きみの声だ。コレチェキの記憶が甦る。ペンを走らせている間、きみは自分の人生を逸脱して、どこか遠くの国のことを考えているような顔をしていた。まるで昨日の夢の続きを思い出そうとしているみたいだった。しかし実際は現実を見ていた。きみは目の前の映像を言葉にしてメロディを付ける。歌だ。コレチェキは歌なんだ。なあチャブ、どうして耳を傾けなかったんだ? 歌詞ばかり気にして何になるって言うんだ?

 

 真夜中の監獄。わたしはブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』 をアカペラで歌った。

 

  俺と一緒に 鉄線の上を渡ってくれないか?

  だって 俺は怖がりの"孤独のライダー"

  だけど どんな感じだか知らなきゃならない

  知りたいのさ 愛ってヤツが強いものなのか

  愛ってヤツが本物なのかをね

 

……

 

 わたしが捕まった日の話をしよう。

 

 六月八日。わたしはスーパー・マーケットで酒を買ってから秋葉原へ向かった。

 

 もうすぐ夏なのに風がかなり冷えていた。本店のビルの前でアルコールを躯に入れ、手すりに掴まりながら七階への階段を上った。階段で待っている他の客がわたしの赤くなった顔を見て、ぶつぶつと何かを言うのが聞こえた。わたしは全然気にしなかった。

 

 七階に入ると、新しく入ったばかりのメイドがわたしを案内した。彼女はコンピュータのように決められた常套句でわたしから注文を聞き出し、注文をとり終えるとすぐにその場から去って行った。

 

 待っていると、Mちゃんがコレチェキ道具を持ってやって来た。ペンを何本か机に並べ、あらかじめ撮ってあった写真に絵を描き始める。

 

「わたしね、今日でコレチェキをやり始めて一年になるの」と彼女は言った。

 

「あっ、そう」とわたしは言った。「そんなことより、きみのコレチェキには赤色が足りていないね。もう少しコレチェキを学んだ方がいい」

 

「何ですって?」

 

「コレチェキに赤が足りないって言ったんだ! このろくでなし!」

 

「ろくでなしはあなたの方よ! 昼間からコレチェキばかりやってるくせに!」

 

「うるさい!」

 

 わたしは店の椅子を持ち上げ、Mちゃんに向かって投げつけた。彼女は咄嗟に避けた。

 

「あなた、最低の客よ! もう帰ってちょうだい!」

 

「もう二度とこんなところに来るもんか!」とわたしは言い、書きかけのコレチェキをポケットにしまって店を出た。

 

 わたしは店の前で吐いて、また酒を買い、店の前で飲んでまた吐いた。そして、しばらくしてから七階に戻った。

 

 さっきとは違うメイドがわたしを席に案内してくれた。

 

「ちょっと、何しに来たのよ!」とステージの上にいたMちゃんがわたしを見つけてマイクで叫んだ。

 

 わたしは席から立ち上がって言った。「すまない。わたしが悪かった。わたしはきみのコレチェキがないと生きていけないんだ。ねえ、もう一度コレチェキしてくれない?」

 

「もう……しょうがない人ね」

 

「ありがとう」

 

 Mちゃんがわたしのテーブルに来て、またコレチェキを書き始めた。他の客がわたしを惨めな目で見ていたが、わたしは全然気にしなかった。 

 

 Mちゃんはコレチェキにこう書いてくれた。「親愛なるチャブへ。わたしのコレチェキがいつかあなたの息を止めるわ。M」

 

 わたしはコレチェキを受け取り、駅前で吐いてから電車に乗った。

 

 電車が最寄り駅に着き、わたしは降りた。しかし改札の前で警察がわたしを待ち構えていた。

 

「お前を逮捕する! この野郎め!」と警察の男は言った。

 

「わたしが何したって?」

 

「そのコレチェキに聞いてみな!」

 

「そんな馬鹿な……」

 

 わたしは三日前、れなちのアミューズメントをキャンセルしていた。次のイーパークに間に合わないため、やむを得ずにやったことだった。しかしそれが公安警察にばれて、刑務所に放り込まれたというわけだ。

 

 もちろん、この罪の重さは理解している。アミューズメントをキャンセルする際、オペメイドのところに歩み寄って、れなちにばれないようにアミューズメントをこっそりキャンセルして欲しいと告げた。ところがオペメイドは言った。「アミューズメントのキャンセルは絶対ばれるよ」わたしはそのままれなちとチェキを撮ることも考えたが、イーパークの通知が差し迫っていた。わたしはとうとうキャンセルをして店を出た。罪悪感に苛まれながら、次の店へ向かった。

 

「どうしてアミューズメントをキャンセルしたんだ!」と取り調べ室でわたしは訊かれた。

 

 わたしは言った。「お人好しじゃいちばんになれないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……